思わず地面にしゃがみ込む。
あーあー、って。
要は軽い自己嫌悪。
なんでこんなにダメなんだ、ってね。
目を瞑っても鮮明に映り出されるきみの姿。
笑ってたり、驚いてたり、怒ってたり、そして泣いていたり。
誰かのフィルターを通して、いつも彼女の影を追っていた。
この気持ち、どう処理すれば良いのだろうか。
やるせない気持ちだけが日々積もっていく。
「大丈夫?」
彼女の声が近い。
目で確認しなくても気配で分かる。
すぐ傍にきみがいる、そう確信した。
声色に元気がない。
自分がそうさせてしまっているのだろう。
平気、この言葉しか言えない。
これ以上なにかを口にしたら、ぽろっと言っちゃいそうだから。
こんな気持ちになったのはいつからだろう。
一目惚れではない、二目惚れか三目惚れ。
とにかく彼女への想いを自覚するまで時間はそうかからなかった。
きっかけは友達が体育館シューズを借りに隣の教室へ行ったことだった。
彼が交渉している間、自分は廊下の壁に寄りかかって待っていた。
すぐ傍には甲高い声の集団が話をしていた。
なにがおもしろいのか急に爆笑したり、眉間に皺を寄せたり。
正直女子のそういうところは苦手。
ころころころころ感情が変わるやつと一緒にいるのって、苦痛以外のなにものでもない。
その中で一際目立って表情を変えていたのが、彼女だった。
なんでその集団の中でひとりだけ覚えていたかというと、
長い髪の女子の中で彼女だけがショートヘアーだったから。
至って単純な、自分らしい理由。
肩にかかるかかからないかくらいの長さ。
だけどふんわりと柔らかそうな髪は女の子っぽかった。
自分が眺めていたたった一、二分の間で、彼女の表情は捲る捲る変わっていた。
その日の放課後、彼女を再び見た時は暗い影を落としていた。
泣くかな、って思った。
だけど彼女は決して泣かなかった。
坂を下りてすぐの角で、誰かが彼女に声をかけた。
そして彼女は笑った。
それは決して作り笑いとかじゃなくて、日中に廊下で自分が見たあの笑顔。
偽りのない、あなたはいつも正直に生きていた。
その日から、彼女を目で追っている自分がいた。
すぐに自分の元を離れるかと思いきや、彼女はしばらくその体制を保っていた。
腕の隙間から覗き見。
彼女は空を見上げていた。
雪、触りたいのかな。
そう思った瞬間、あなたは手を動かそうとしていた。
今だ。
衝動ってこういうことを指すのだろうか。
思わず彼女の手を引く。
もちろん彼女はバランスを崩した。
・・・・・・痛かった?
訊きたかったけど、訊けない。
ただあなたを見るので精一杯だから。
あなたもまた自分を見る。
ほら、また。
彼女の表情が変わった。
百面相ってこういうことを言うんだって、彼女と知り合ってから分かった。
自分はよく愛想がないって周りから言われる方だから、
あなたが傍にいて自分の分まで物事に反応してくれることを密かに願っている。
どれだけ幸せだろうって何度考えたことか。
あなたの髪の毛が、あの時一緒にいた女子達の髪くらい伸びた頃にも、
こんな風に自分はきみの傍にいられるのだろうか。
すきです、とあなたの唇が細やかに動いた。
たった四つの音なのに、大脳に到達するまで時間がかかった。
もしかしたら故意に大脳に辿り着くのを阻止してたのかも。
その言葉の意味を理解した時にはもう既に、自分の唇をあなたの唇に重ねていたから。
雪が降る。
本当に少量で、地面に着いた瞬間消えてしまう運命でも。
この雪の存在は後世には決して残らない。
二、三日もすれば人々の記憶の中からも消えてしまう。
でも、僕等の心にはずっと刻まれている。
今年の初雪は一生忘れない。
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