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一昨日会ったばかりなのに、しばらく会ってなかったような気がした。

緑を基調としたチェックのシャツに紺のカーディガン、
見覚えのある膝に穴の開いたジーンズ。
そしてこの7ヵ月間ずっと履いているクリーム色の靴。

普段と特に変わらない恰好なはずなのに、こんなに彼の姿を愛しく思うのは、
きっと今日でさよならをしなければいけないからだ。

「おはよう」

待ち合わせ10分前。
いつもオンタイムのあなた。
わたしも同じA型のはずなのに、
いつもi-Podを片手に待ち合わせ場所の前にあなたを突っ立たせてしまう。

でもね、今日は違うよ。
20分前には既にここにいたんだ。
実際は1時間前には到着していて、ちょっと歩いて近くの港に行った。
辺りはまだ薄暗く、普段の景色とは全く違っていた。

あの場所には何度足を運んだことだろう。
春、夏、秋。
たった数ヵ月の間なのに、たったひとつの場所なのに。
なんでこんなに思い出すものが溢れてくるのだろう。

さっきはまだ大丈夫だった。
だって、今あなたに会えるって知ってるから。
でも「バイバイ」を告げた後、ここに来れる自信はない。

「おはようございます」

なぜか敬語。
あたしもたまに敬語だけどね。
なんか年上なのに変なの、思わずくすっと笑う。

彼はスーツケースひとつ、わたしはスポーツバックを持って地下鉄に乗り込む。
わたし達の間には沈黙が続く。

たったこんだけの荷物なんだ。
もちろんまだ荷造りなんて始めてないけど、
きっとわたしの荷物はスーツケース2つでも収まり切れない。
男の子って基本的にこんなものなのかな?
さっき「荷物少ない」って言ったら、「こんなもんでしょ」って。
いつも通りのゆっくりとした口調。
わたしはよく早口だと周りから言われるから、ちょっと羨ましい。
土地柄かもしれないけど、わたし達は結構正反対のことが多い。
本当によく七ヵ月も一緒に過ごせたのかが不思議だ。

彼を見つめる。
なんとなく、今日が見納めな気がして。
ふと、昨夜家のオーナーが言ってたことを思い出す。

「日本でも恰好良いってよく言われる?」

素朴な疑問、ずっと訊いてみたかったんだよね。
酔ってはないけど、この際だから訊いてみる。
オーナーだけじゃなくて、結構みんな彼の外見に対して好評価をくだす。

わたしの質問に彼は苦笑い。
そりゃそうか。
むしろ「うん」とか頷かれた方がひくか。

確かに、恰好良いと思う。
一重だけど瞳が大きく、鼻筋がすうって通っていてきれい。
ガリってわけじゃないけど程々に細いし、でも筋肉もあって。

彼の、最初の印象って忘れちゃった。
だってもう半年以上前のことだし。
ただ、今もまだ取っ付き難いイメージは消えてないし、
相変わらず喋りにくいこともあるけどね。

出会いから変わることのない、沈黙の比率が多いわたし達。

近いような遠いような、そんな関係。
すぐ手を伸ばせば触れるのに、それをしないのがわたしの可愛くないところ。

すぐ傍に彼の気配を感じる。
新陳代謝良いんだろうね、なんか熱気を感じる。
それも彼っぽくて、ひとりで笑ってみる。
でも心の中で笑い過ぎて、瞳に涙が溜ってくる。

「日本まで何時間だっけ?」

気付かれないように前を向く。
彼はi-Podのカーソルを動かしながら「14、5」と答える。

日本とここの時差は14時間。
これって長いのかな、短いのかな。
時差よりもわたし達の距離が遠くなっていくのが怖い。

ダウンタウンとは逆方向に向かっているせいか、
平日とは言え車内はそんなに混んでいない。
何十回、何百回と一緒に地下鉄に乗ったけど、今日でもう最後。

最後最後だと思ってるわりには、全てにおいて実感がない。
数時間後、ここでぼろぼろ泣いてる自分が確実にいる。

そろそろ終点。
地下鉄を出たら、空港に行くバスに乗り越える。
そしたら数十分で目的地に到着。

わたしに残された時間はあと少し。
あなたの鼓動を感じられるのも、ほんの数えるほどしかない。

今のわたしに、なにができるのだろうか。



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智詠 (ともよ)
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