もう二十回も繰り返した季節なのに、
なんでひとつひとつの記憶が新鮮で、なにひとつ同じものはないんだろう。
春ってあんなに肌寒かったっけ?
雪なんて降って凍えることってあったっけ?
あんなに晴れ晴れとした空が広がってたっけ?
夏ってあんなに日差しが痛かったっけ?
突然の大雨の中、あんなに街中を走ったことあったっけ?
毎日のように誰かと遊ぶことってあったっけ?
夜に呼び出して、誰かと話すことってあったっけ?
よく分からない気持ちにもやもやしたことってあったっけ?
誰かを守ってあげたい、って思ったことあったっけ?
この少しの期間に、あなたはたくさんのものをくれた。
わたしはこれらの季節から縛られたまま、しばらく解放されそうにないみたい。
「さっきの人見た? 睫毛メッチャ長かったよ」
斜め前に座っていた男性の顔がきれいで、それを彼に伝えたかった。
すぐに反応がなかったので「どうでも良い情報?」と訊くと、「別に」と短い答え。
本当にくだらないことしか言えない自分、伝えたいことはもっとたくさんあるのに。
なんで素直に言葉にできないのかな。
無事に預け荷物のチェックも終わり、わたし達に残されたのはチェックインのみ。
「ねえ、泣いて良い?」
沈黙に耐え切れなくなって、本当は全然耐えれるんだけど、でもダメだった。
あなたが行っちゃう。
それがずっと、帰国日を知らされて以来頭の中から消えない。
「どうぞ」
やさしいような、突き放すような。
それが彼なんだけど、時々淋しい。
わんわん泣きめいてやろうと思ったけど、ぽろぽろと静かにしか雫は落ちない。
「ねえ、なんで帰るの?」
何度も何度も既に投げかけた質問。
きっと彼ももう飽き飽きだろうね。
分かってるけど、でも訊かずにはいられないの。
だって、嫌なんだもん。
「自分だって帰りたくないけど、しょうがないさ」
しょうがない。
便利なのか、良くない言葉なのか、よく分からない。
しょうがないで片付けて欲しくない。
しょうがない、のひと言で片付くような関係だったのかな。
静かに頬をつたるしょっぱい液体。
本当にここに来て何度涙したのだろう。
誰か、友達と出会っては別れる度に泣いていた。
わたしばかりが泣くもんだから、周りの子にいつも訊いた。
「泣かないの?」って。
そしたら、「男は泣かない」ってみんな言った。
だからきっと彼は今泣かない。
「最後にいつ泣いたの?」
言葉になってるか不安だったけど、それでも一生懸命言葉を発した。
「いつだったかな・・・」って、考えるようにゆっくりと発する彼のひと言。
嫌だ。
嫌だ。
嫌だ。
行かないで欲しい。
ぎゅってできれば良いのに。
「抱きしめて良い?」っていつもみたいに訊けば良いのに。
それができないのはわたし達が日本人だから。
わたし達がこんな関係だから。
「日本帰ったら連絡するよ」
そんな言葉信じない。
わたしもマメじゃないし、彼だってマメじゃない。
メールじゃ嫌なの。
今傍にいてもらわなきゃ嫌なんだって。
あなたの鼓動を、この微妙な二人の距離で感じたいの。
ねえ。
行かないで欲しい。
何度も口にした言葉。
どうしようもないのは分かってる。
でもね、嫌なものは嫌なの。
ごめんね、こんなわたしで。
ぎゅってしても良い?
やっぱりハグしたい。
離れたくない。
あなたの鼓動を、すぐ傍で、一番近くで感じたい。
訊こう訊こうと思ってダメだった。
だからね、不意打ち。
すっと椅子から立ち上がって。
目の前に突っ立ってた彼に、ぎゅーって。
初めてのこと。
これが初めてなんて淋しい。
今から始めたいのに。
なんでこれが最初で終わりなんだろう。
遅過ぎたのかな・・・・・・。
ごめん、胸当たってる?
不快な思いさせてたらごめんね。
でも、今だけはくっ付いていたいの。
少しも隙間を空けたくない。
だって隙間を空けても、あと数分経っても、
あなたがわたしの前から離れてしまうから。
好きとか嫌いとか。
友達だとか恋人だとか。
そういう言葉はどれも当てはまらない気がするの。
ただね、こう言いたい。
あなたが愛しい。
ただそのひと言がぴったりで。
わたしにとって大切な人。
家族とはカテゴリーが違うけど、レベルで言ったら同じくらい。
口には出せないけど。
あなたに渡した手紙に、「大切な人」って書いたから。
わたしのあなたに対する感謝の気持ち、伝わると良いな。
いくら言っても足りないけど、本当に本当にありがとう。
微妙な距離だったわたし達。
いつもあなたの鼓動は遠かったり、すぐ傍にあったり。
不安定だった。
それが不安だったり、安心したり。
あなたは本当にわたしのビタミン剤だった。
でもね、もうひとりで歩くから。
あなたはもういない。
ひとりでも頑張るよ。
また今度、いつか会う機会があるならば、
もっと成長したわたしを見てください。
あなたに頼らなくても、頑張れたわたしに会ってあげてください。
今度は自分の気持ちがはっきりしてると思うから。
この距離は心地良いけど、ずっと一緒じゃいられないもんね。
さよなら、って。
言いたくないけど。
またね、って。
言っちゃいそうだけど。
涙でなにも言えなかったよ。
ただ、「ありがとう」って伝えた。
大きく手を振った。
あなたはわたしみたいに手は振ってくれなくて。
振り返ることなく、すぐにゲートに行っちゃったけど。
それがあなただと覚えておく。
本当に本当にありがとう。
またあなたの鼓動を感じる時まで、わたしは大丈夫。
たくさんのありがとうを、本当にありがとう。
決して言葉では言い尽せないほどの感謝をくれた人。
あなたは、わたしにとってとても大事な人でした。
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