このキャンプファイアよりも信憑性が薄いが、
ウチの中学にも縁結びに纏わる伝説がいくつかあった。
その中の一つ、体育祭の時に生徒全員が頭に巻くハチマキを好きな人に作って渡せば
想いは通じる、というものが生徒の中で最も知れ渡った伝説だった。
使用するハチマキは通常学校側から渡すので、実際挑戦する人は少ないと思うが、
作らなくても渡すだけでも可能という説や、使用済みのハチマキをもらうという説もある為、
本当のところはよく分からない。
ただ、ほんの少しの可能性でも縋りたかったわたしは、毎晩ハチマキを縫い、
何本が出来上がった中で一番上手くできた物を渡すことにした。
通学鞄の内ポケットに大事にしまった、体育祭前夜の出来事。
その夜は眠りに就くことができなかった。
「泣いてんの?」
突然後ろから声がした。
人気のない場所と思って、キャンプファイア付近からは死角になるここを選んだのに。
回想と中のわたしにはいきなり現実に戻ることは困難で、
彼の第二声でようやく振り向くことができた。
「こんな場所で、しかも一人でなにしてんの?
もしかして誰か呪ってる?」
「呪ってません!」
なに、この失礼なやつ。
はっきりと反論すると、見知らぬ男子はくくくっと声を殺して笑った。
「失礼ですけど、あなた誰ですか?」
身長体重はともに平均くらいで短い黒髪。
片手には赤かオレンジのような明るい色の携帯電話を手にしている。
見覚えが全くないということは同じ中学校出身ではない。
しかもウチのクラスの男子でもない、と思う。
顔見知りでもない人が一体わたしになんの用だろうか。
「確かに失礼だね。失礼過ぎる質問」
うんうん、と頷きながら失礼だと連呼する男。
目の前の人の態度を上から目線で、どこか人をおちょくっているような口調にカッチーンときた。
「失礼なのはそっち!
いきなり呪っているのかなんて訊かれて、気分悪くならない人がいるわけないでしょ」
興奮し過ぎて、つい怒鳴るような大声になってしまった。
「うるせー」と耳を押さえるやつの姿に余計腹が立ったけれど、
同時に今の声を誰かに聞かれたのではないかと、急に恥ずかしくなってきた。
「けど実際呪ってたじゃん、前」
静かに聞こえた言葉。
呪ってた、って誰が? 前、っていつのこと?
「勝手なこと言わないで。わたしは陰陽師とか占いに興味ないし、
非科学的なことは信じない質なんだけ・・・・・・」
非科学的なことは信じない。
確かに今そう言ったけど、本当に?
過去に自分の恋愛を神頼みしていた人間が言える言葉だろうか。
「なに、思い出したの? 自分が呪ってたこと」
こいつはまだ飄々とそんなことを言い抜かすか。
だいたいこの男子は誰なのだろうか。
きみの過去を知っているよ、などといかにもそう言いたさそうないわく付きの微笑み。
その顔の裏側になにが潜んでいるのか正直不気味だ。
「伝説ってなに?」
突然男が訊いてきた。
話が飛び過ぎてなんのことか分からなかったわたしに、
「さっきクラスのやつ等が騒いでたから」とぶっきらぼうな口調で彼は付け加えた。
人に散々厭味ったらしいことを言っといて、伝説なんかに興味あるんだ。
わたしは上から目線で、「しょうがない」という風にキャンプファイアの伝説を説明した。
途中彼がわたしの話を茶化すだろうと予想していたが、意外にも男は静かに全部聞いていた。
好きな人でもいるのだろか。
可愛いところもあるじゃん、などと考えていると急に目の前の男は笑顔になった。
「じゃあ、ここで告白しても効果はあるよね?」
・・・・・・は?
自分の耳を疑う。
今彼はなんと言ったのだろう。
「今からその愛の告白するからさ」
「誰に?」とわたしが訊ねる前に、彼が一歩一歩とこっちに近付いてきた。
「ちょっ、冗談はやめてください」
彼と並行になるようにわたしも後退りをするが彼の歩幅の方が大きいようで、
その場を離れようとするわたしの腕はすぐに捕えられた。
硬直。
まさに自分の体が固まって動かなくなってしまった気がした。
彼と目が合う。
一点の曇りもない視線がこっちに浴びせられる。
本当にこの人は誰なのだろうか。
この状況をどう処理しようか、人生初めての出来事にただ混乱していた。
その時、ブブブブッと彼の左手に握り締められていた携帯電話が鳴った。
二人の沈黙に名前通りのバイブ音はこの空気を振動させた。
「電話鳴ってます、が」
それじゃあ、と彼の手を振り切ろうと試みたが逆に強い力で引っ張り返され、
わたしは一気に彼の腕の中に閉じ込められた。
「ちょっ!」
その腕から逃れようと懸命に抵抗するがそれは全くびくともせず、
わたしは身動きができないまま、ただバイブ音を聞くしかできなかった。
これからどうなるんだろう。
まさか殺されて遺体を林の奥に捨てられたりして。
近頃の物騒な事件を思い出し、体がぞくっと震えた。
明日の新聞には一面に「女子高生合宿中に行方不明」という記事が載り、
そして明後日には「山林で遺体発見」とかになったりして。
今の状況から考えてこれらがただの妄想じゃない気がして、急に怖くなった。
長い間鳴り続いていたバイブ音が止んだ。
それと同時にわたしを拘束していた腕の力が緩んだのが分かった。
恐る恐るその腕から離れるが、彼はなにも言おうとはしない。
「きゅっ、うになにするんですか!」
自分が思っている以上に動揺しているみたいだ。
声が震え、恥ずかしくも裏返ってしまった。
言い返すなら言い返してみろ。
言葉や心では強気なのに、体は恐怖で怯えている。
体は正直だ。
ぎしゅ、と土を踏む彼の足音が聞こえる。
来るかと構えていると、「んじゃ」と彼は何事もなかったように過ぎ去るポーズを取った。
「え?」
予想不可能の彼の行動に呆気を取られるわたし。
そんなことを知る由もなく、彼はキャンプファイアの方向に歩き出していた。
なんだ、あれは。
追いかけて文句の一つでも言ってやろうかとも思ったが、
自分から関わってなにかされることを恐れて止めた。
伝説ってなに?
そんなのわたしの方が訊きたいよ。
伝説なんて大嫌いだ。
*02. *04. 幾億のキセキ・トップ