化粧で女は変わるとよく聞くけど、
彼女達を目の前にしたらそう深く実感せすにはいられなかった。
入浴後、わたしと優絵は火照った体を外気に当ててゆったりとしていたが、
どうやらわたし達が就寝する女子部屋では大変忙しい時間が過ぎていたらしい。
当時の状況を半分愚痴を交えて教えてくれたのは、奥中出身の梨佳だった。
「まず最初にトイレが混んでさ、鏡も使えないし手も洗えない。
あとは外に出て部屋に戻ったら香水臭くって。
もう良い香り、とかってレベルじゃない! 吐き気しかしないんだって」
そう熱弁する梨佳も瞳が普段より三割増になっていた。
校則では化粧は禁止だが、夜間の火元の近くでは顔を判断しにくく注意できない。
また最終日ということもあり、教師達も口うるさく言うこともない。
それを悟っているかのように、女生徒はここぞとばかりに気合を入れている。
普段は化粧している方が目立つのに、
今は素顔を曝している自分が注目されてしまうという気さえする。
「いずみはどうなったんだろ。なんか聞いた?」
わたしは首を横に振る。
でもいずみと仲が良い梨佳に連絡がないのなら、わたしが知ってるわけがない。
いずみとは中学の時に一回同じクラスになったことがあるし、もちろんお互い面識はある。
普通に雑談したりはするけど、同じクラスという以外に接点はなかったし、
学校外で会って遊ぶような仲ではない。
「んじゃあ、訊いてみよっかな」
梨佳が携帯電話をポケットから取り出し、メールを打ち始める。
「どうなんだろうね」と隣にいる優絵が囁くように言った。
上手くいってると良いね。
呟くようにわたしの口から出た言葉に相槌を打つかのように優絵がにっこりとした。
メール受信中に送信元である梨佳に電話がかかってきた。
彼女の話している内容から、電話口の向こうはいずみで、
どうやら彼女の想いは実ったようだ。
「いずみ、告白成功したって!」
電話を切るや否や、梨佳は周りにいる人全員に聞こえるほどの勢いでそう報告した。
「良かったね、すごい」
「本当に?」
「いずみって、あの瀬野いずみ? 誰に告ったの?」
喜ぶ人、驚く人。
近くにいた違うクラスの子達も一緒になっていずみの結果に騒いでいた。
「いずみ、本当に良かったよね」
心から人の幸せを祝福している優絵。
炎の色が反射して彼女の頬をほんのりと染める。
もしわたしが優絵のように素直だったら、
もしわたしが優絵のように可愛かったら、
もしわたしが優絵のように人の幸せを自分のことのように喜んであげられる人間だったなら。
わたしの想いが叶うチャンスは少しでもあったのだろうか。
「やっぱりあの伝説は本当だったんだね」
「だね。羨ましい!」
「伝説?」と言わんばかりに数人の女子が話に食いつく。
すぐ傍では伝説の話で持ち切りになっていた。
最後にはいずみに便乗して告白しに行くと宣言する子も続出した。
「伝説ってやっぱり信仰性があるんだね」
周りの子達の会話を聞きながら優絵が関心してするかのようにそう言った。
「そう言えば奥中にもあったよね、伝説。
管理棟と教室棟の渡り廊下の掲示板とか体育館倉庫とか。
体育祭の時のハチマキ渡し、ってのも有名だったよね」
ビクリと体が無意識のうちの梨佳の声に反応していた。
隣をちらりと確認してみると、さっきまでほんのりだった優絵の顔は
いつの間にか真っ赤になっていて、目線は下を向いていた。
「優絵って去年体育祭の時にハチマキ渡したんだっけ。
あれって噂じゃなくて本当だったの?」
梨佳の問いに、優絵の顔の熱は更に上昇していっているみたいだ。
「確かにハチマキの伝説ってみんな知ってたよね。
あたしのお姉もそれ試したクチなんだよ、結果はダメだったらしいんだけど。
優絵、よくやった!」
いきなり梨佳が優絵の肩をぽんぽんと叩く。
優絵が「ありがとう」と愛想笑い半分嬉しさ半分という感じに笑った。
そのやさしい顔を見ていたら、急に涙がこぼれそうになった。
「トイレに行って来る」と咄嗟に思い付いた口実で、急いでその場を離れた。
あのまま優絵の近くにいて、偽りの顔を読み取られるのが怖かった。
「ダメだな」
自分に言い聞かせるように、ぼそりと呟いた。
伝説は嫌いだ。
伝説は好きな人とわたし以外の人を結んでしまったから。
*01. *03. 幾億のキセキ・トップ