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南澤みなみ。

これがわたしの本名。
母の再婚を機にまどろっこしい名前に変わってしまっただけで、
中学生までは別の苗字だった。
特別なことじゃない、ただそれだけのこと。

自分の名前を告げる度に相手は首を傾げるけれど、それも最初だけ。
慣れれば、初対面の人にも名前について少し砕けた話ができるし、
インパクトがあるせいか、比較的名前をすぐに覚えてもらえるという利点もある。
男女関係なしに気兼ねなく「みなみ」と呼んでもらえるし、
全国的にも珍しいフルネームだと、最近では少し誇らしくさえ思う。

高校生になってもうすぐ一ヵ月が過ぎようとしていた。
生徒同士の交流を目的とした二泊三日の合宿も明日で終わりを迎える。
合宿前からわりと親しみやすいクラスのメンバーだったが、いくつか用意された
レクレーションを通して、確かにみんなの雰囲気がより良くなった気がした。
今夜最大のイベントであるキャンプファイアが待ち遠しいと同時に、
この合宿の終わりを告げるのが少し淋しかった。

「いずみ、今日佐野くんに告るんだって」

こんな類の話が飛び交ったのは、キャンプファイアが始まるちょっと前の浴場の中。
火を点す準備にちょっとした手違いが生じたらしく、
急遽生徒は先に入浴を済ませることになったのだ。

「とうとう告るんだ。長かったよね、片想い期間」

「中二だっけ?
卒業式で告るとか言って、結局できなかったもんね」

話の中心となっている瀬野いずみは、クラス委員の仕事で忙しく今ここにはいない。
当の本人の不在を差し置いて、浴場は徐々にガールズトークで盛り上がる。

「でもさ、それならミハシも長いでしょ。小学校の時からじゃなかったっけ?」

「ミハシってすきな人いたの? 誰誰?」

ウチの学校は生徒の半分以上を同じ中学出身の生徒が占めているので、
高校入学前からみんながすでに顔見知り状態、個人情報もすぐ入手できる環境なのだ。

学校全体の偏差値はとても高いとは言えないが、
特進クラスに行けばそこそこ進学率は高い。
また、私立にしては手頃な学費も良心的で、
なにより卒業した市立奥薗中学校のすぐ傍に立地しているので、
自宅から短時間で通えるのが人気の理由だ。

そんな背景からウチのクラスも例外ではなく、
奥中出身の子達が入学早々から固まってしまい、
それ以外の学校から来た新入生は肩身が狭く感じるらしい。
そんな状況を脱却させる為に、
学校側はどんな行事よりもこの合宿に一番力を入れているらしい。

「このキャンプファイアの時に告白したら、三年間結ばれるって伝説あるって知ってる?」

「本当に?」

「あたしもそれ聞いたことある。
あたしの先輩の代は、学年の半分が卒業まで付き合ってたって」

「それってすごくない?」

「だけど、それって卒業したら別れるってこと?」

さっきまで遠くで聞き耳を立てていただけの奥中以外から来た子達も、
いつの間にか話に加わっていた。
お年頃のわたし達は話が途切れることを知らない。
ましてや、恋愛が絡むとなると会話のテンションも違う。
女子中高生だけに限らず、これはどの世代にも共通する気がする。
もしかしたら、女の人はお喋りせずにはいられない生物なのかもしれない。

「みなみは誰かに告白したりしないの?」

入浴後にジュースを片手に野外で涼んでいると、ふと優絵が訊いてきた。

「なに突然?
わたしにすきな人がいないって優絵知ってるじゃん」

変なの、と笑ってみる。
つられたように優絵も小さく笑う。
これで良いんだ。
真実を全て話すことが友達だとは思わないから。

「写メ撮ろうよ。夕涼み記念に」

「嫌だよ。髪ボサボサだし、顔もお風呂入ったままだし」

「ウチ等はいつもすっぴんなんだから変わんないって」

そう言ってわざと自分の頭をボサボサに荒らした後、
優絵の髪にも手を伸ばした。
きれいな長い髪の毛をボサボサにされた優絵はもう笑うしかなくて、
素直に携帯電話の内蔵カメラに目線を向けてくれた。
カシャッというシャッター音の後に、怪しい二人の姿が画面に映し出された。

「ねえ、優絵」

カメラを意識して笑っているわけではなく、むしろ写真を撮ることに躊躇していたのに、
画面の中にいるやさしい表情の女の子から、「ん?」とやわらかい声がした。

「好きだよ」

一瞬の間の後、「なにそれ」と小さく笑い出す優絵。

「いきなりだね」

「うん、いきなりだよ。アイノコクハク」

意味分かんない、と優絵がわたしの右肩に軽く体当たりしてくる。
わたしも「どーん」と自分の口で効果音を放ちながら、優絵に体をぶつける。

同じ県内でも郊外に来たこともあり、空気が澄んでいて星がきれいだった。

「星きれいだね」

「そうだね」

多くの言葉を交わさなくてもわたし達の空気がぎくしゃくしないのは、
二人が今まで積み重ねてきたものの証。
居心地良く、気付いた時には手放したくない存在になっていた。

流れ星見れないかな、と優絵が呟いた。
もし今わたし達の前を星が流れたなら、彼女は一体なにを祈るのだろうか。
わたしの願いは、優絵とのこんな関係がずっと続くこと。
その願いの裏側に無意識のうちに隠そうとしているものを、わたしは見たくなかった。






*02.   幾億のキセキ・トップ

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智詠 (ともよ)
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