我が家は、お父さんのお祖父ちゃん、
つまりわたしの曾祖父ちゃんの代から下宿屋を営んでいる。
そして我が家から十分ほど歩いた先には私立の男子校がある。
その男子校は白須波学院と呼ばれ、この地方では名の通った有名進学校であり、
中学から親元を離れて通っている人が数多くいる。
勘の良い人はもうお気付きだろう。
ウチはその男子学生専用の下宿屋なのだ。
この家で生まれ育ち、早十五年。
わたしはこの春から高校生になる。
ずっと高校生はおとなだと思っていた。
幼稚園児だった頃、わたしはウチに下宿していた
お兄ちゃん達によく遊んでもらっていた。
まだ学生ではないわたしから見れば、小学生ですら大きな存在だったし、
その上の上の学校に通っているなんて、全く想像もつかなかった。
中学受験をし、わたしは電車で三十分近くかかる女子校に進学した。
親は寮がある学校を希望していたが、わたしは頑として受け入れなかった。
家が下宿をしていてなにが悪いのか。
わたしは下宿しているお兄ちゃん達が好きだったし、
実家が下宿屋をしていることに誇りにさえ思っていた。
しかし中学に入学して気付いたことがある。
それは周りの、特に多感な年頃であるわたし達にとって、
家族以外の異性と一緒に暮らすのはとても大きなことだということ。
みんなわたしが考えているよりも遥かに敏感で繊細だったのだ。
自分が悟ったことを関東に住んでいる姉に電話で話すと、
「だから私立受験したんじゃん」と、いかにもそれは当然で
「今頃気付いたの?」とでも言いたさそうな口振りだった。
「あんたは知らないかもしれないけど、
あたしが中二の時に家出てこっち来たのだって周りがとやかく言うからだよ。
白学の彼氏がいるとか毎日やり放題とか、変な噂ばっかり流されて」
地元の公立中学に通っていた姉が、
突然関東にある寮がある中学校に編入した理由がやっと分かった。
大好きな姉がいなくなるのが嫌だったから、
当時わたしはあの手この手で必死で彼女を引き留めようとした。
それでも姉は、「またね」と家を出て行ってしまった。
哀しみを残した、希望に満ちた顔で。
確かに姉は、中学に入学してからだんだん口数が少なくなっていった。
元々おとなしく、控え目な性格だったからそんなに不思議には思わなかったが、
やはり今思い返せば少し異常だったのかもしれない。
ふとした瞬間に暗い影を落としていたけれど、
わたしが声を掛ければいつものように明るい笑顔で答えてくれたし、
ただ疲れているのだろうとしか思わなかった。
わたしが住む地域が田舎だからなのか、
それとも学校から遠いからかは分からないけれど、
幸運にもわたしのことを知る人は今の中学にはいなかった。
わたしが実家について誰かに話す前にこの雰囲気に気付いたので、
わたしは今でも誰にも知られずに静かに学校生活を送っている。
小学校の時とは違って県内各地から来ている人が多いので、
地元のように誰かの家に集まって遊ぶというのも頻繁にないので、
きっと実家のことを誰も知ることもなく卒業できるだろう。
話はだいぶずれてしまったが、
わたしは高校生になることをとても楽しみにしていた。
やさしかった、大すきなお兄ちゃん達と同じ目線に
立てることが嬉しくもあり、ずっと憧れてだったのだ。